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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)11093号 判決

原告

奥野光義

ほか一名

被告

平喜久雄

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告奥野光義に対し金四一二万一三一三円、原告奥野八千代に対し金三四九万一三一三円及びこれらに対する昭和六二年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告奥野光義に対し金二二八九万一四五〇円、原告奥野八千代に対し金二一八五万一四五〇円及びこれに対する昭和六二年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故が発生した。

(一) 日時 昭和六一年三月四日午前三時二八分頃

(二) 場所 京都府向日市上植野町名神高速道路上り線四九二・一キロポスト先路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 大型貨物自動車(鹿八八か一九六九号)

右運転者 被告平喜久雄(以下、「被告平」という。)

(四) 態様 訴外井上道憲(以下、「訴外井上」という。)が運転し、訴外奥野朱美(以下、「訴外朱美」という。)が同乗する普通乗用自動車(神戸五九め二一八二号。以下、「井上車」という。)が名神高速道路を大阪方面から京都方面に進行中、ガードレールに接触後、中央分離帯に衝突して本件事故現場に停止したところ(以下、この事故を「第一事故」という。)、同方向を走行してきた加害車が井上車に追突し、井上車を約二〇〇メートル引きずつて停止した(以下、この加害車による事故を「本件事故」という。)。

(五) 結果 本件事故により、訴外朱美は頭蓋骨骨折等の傷害を負い、その頃同所において死亡した。

2  責任原因

(一) 被告平

被告平は、速度違反、車間距離不保持、前方不注視の過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告牧迫運輸株式会社(以下、「被告会社」という。)

被告会社は、本件事故当時、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 訴外朱美の損害と相続

(1) 逸失利益 五一四八万九二〇〇円

訴外朱美は、本件事故当時一九歳の健康な独身女子で、大阪医療技術学園専門学校一回生であつた。同女は、本件事故によつて死亡しなければ、昭和六二年三月には同校を卒業し、同年四月から医療秘書として満六七歳まで就労するはずであり、昭和六二年度医療秘書の全国平均の収入は左記のとおりであるから、左記基本給に賞与を加えた各年度の収入を算定の基礎とし、生活費控除を三〇パーセントとして、ホフマン式計算法により中間利息を控除して同人の逸失利益を算出すると、五一八四万九二〇〇円となる。

(勤続年数) (平均基本給)

一年目 一三万円

五年目 一四万五〇〇〇円

一〇年目 一八万五〇〇〇円

一五年目 二一万円

二〇年目 二六万円

二五年目 三一万円

三〇年目 三五万円

(右金額には、時間外・宿日直・皆勤・生計等の手当て、賞与は含まれていない。また、賞与は年間平均四・三ケ月分支給される。)

(2) 相続

原告奥野光義(以下、「原告光義」という。)及び原告奥野八千代(以下、「原告八千代」という。)は、訴外朱美の父及び母で、同女の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 解剖代金、死体検案書代金等 四万円

訴外朱美の解剖代金、死体検案書代金等に右の費用を要し、これを原告光義において負担した。

(2) 葬儀費用 一〇〇万円

訴外朱美の葬儀に要した費用は右金額を下らないところ、これを原告光義において負担した。

(3) 慰謝料 各七五〇万円

訴外朱美は、原告らの長女で、前記のとおり、専門学校卒業後は医療秘書として就職することを約束された前途有望な女子であつたが、本件事故により原告らは最愛の実子を失い、失望と悲嘆のどん底につき落とされた。その精神的苦痛を慰謝するための金額としては、それぞれ七五〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用 各一五〇万円

4  損害の填補 二五七八万六三〇〇円

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)から合計二五七八万六三〇〇円の支払いを受けたので、これを二分の一ずつ、前記各損害に充当した。

5  結論

よつて、原告らは被告らに対し、各自、本件交通事故の損害賠償として、原告光義は金二二八九万一四五〇円、原告八千代は金二一八五万一四五〇円及びこれらに対する不法行為の後である昭和六二年一一月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)、(五)の各事実、同(四)の事実中、井上車が第一事故を起こし、本件事故現場に停止したこと、同方向を走行してきた加害車が井上車に追突したことは認め、加害車が井上車を約二〇〇メートル引きずつたことは争う。

2  請求原因2(一)の被告平に過失があつたとの点は否認する。後記のとおり、井上車は、追越車線上に横向きに停車し、後続者の進路を妨害して本件事故を発生させたものである。

同(二)の事実は認める。

3  同3(一)は争う。死亡の場合の逸失利益の算定は事故時の初任給によるべきである。また、生活費控除は四五パーセントから五〇パーセントとすべきである。

同(二)(1)及び(4)は知らない。同(二)(2)及び(3)は争う。

葬儀費用は七〇万円、慰謝料は一二〇〇万円が相当である。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、訴外井上が、飲酒の上、高速道路を運転中、飲酒のため井上車を暴走させてガードレールに接触後中央分離帯に衝突し、追越車線上に進路を塞ぐ形で停止したところに、加害車が衝突したというものである。このように、訴外朱美は、飲酒運転であることを知りながら井上車に同乗し、かつ、危険の大きい高速道路の運転を助長ないしこれに同意して同乗していたものであるばかりか、第一事故後、追越車線は後続者による追突の危険性が高いことから、直ちに後続車の有無等に注意しながら井上車から下車し車線外に出て危険を回避しなければならないのに、下車及び車線外への回避が容易であつたにもかかわらず、そのまま井上車に残つて自らを危険な状況に置いていたものである。以上のとおり、訴外朱美には、本件事故につき重大な過失があるものであり、五〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

訴外井上が第一事故前飲酒していたこと及び訴外朱美がそのことを知りながら井上車に同乗したこと、第一事故後、訴外朱美が直ちに車外に退避しなかつたことは認めるが、過失相殺の主張については争う。以下のとおり、訴外朱美には何ら責められるべき過失はない。

1  訴外朱美は、アルバイト先のスナツクの常連である訴外井上に京都までトライブすることを誘われたが断つており、近くに食事に行くために井上車の助手席に乗車したに過ぎない。しかるに、訴外井上は、約束に反して、京都に行くと述べ、訴外朱美は、本当は行きたくないが、既に車に乗せられてしまい、常連の客の機嫌を損ねてはいけないという逡巡の気持ちから黙つていたもので、積極的な返事はしておらず、被告ら主張のような「高速道路の運転を助長ないし同意した」ものではない。むしろ、気のすすまない同女を、訴外井上がうまく言つて車に乗せ、連れていつたというのが実態である。

また、訴外朱美が井上車に同乗したこと自体は、本件事故はもちろん、第一事故を引き起こした原因とも無関係であり、本件事故の加害者側が抗弁として主張できる筋合いのものではなく、これを第二事故である本件事故の加害者側の責任を減ずる理由にすることは許されない。

2  一般的に、高速道路上で車両が故障又は事故により停止した場合、同乗者が車外に出ていく義務はない。むしろ、次々と高速で走行してくる車が行き交う高速道路上へ出ることは極めて危険であつて、人間の場合は車両よりも発見されにくく、衝突の危険は極めて大きい。したがつて、車外に出る方が危険が大きいのである。そして、故障又は事故により車両が車線上で停止したときは、通常は、道路交通法七五条の一一により、「故障その他の理由による表示」を行い、夜間の場合は、夜間用停止表示器材を見えやすい位置に置いて後続者に知らせ、同乗者は車内に留まり、車外には出ないようにするのであつて、高速道路上での一般的な下車義務をいう被告らの主張は誤つている。

さらに、訴外朱美は、第一事故によつて頭部を強く打撲し、負傷していたものであり、訴外井上は、同女がかなりの怪我をしていて動かさないほうがよいと思つて、同女にそのまま乗つているように指示した上、同女を残して非常電話を探しに行つたのである。また、第一事故発生後、本件事故現場を車で通りかかつた訴外金相禹(以下、「訴外金」という。)も、訴外朱美に対し、「今すぐ救急車を呼んであげるから、車の方に待つていなさい。」と指示している。

同女は、運転免許証を持たない未成年者であつて、突然の事故で負傷もし、茫然自失の状態に陥つて自分がどうしていいのか判断がつかなかつたのは当然であつて、二人の男性の指示に従うのが安全と考えたことは責められるべきではない。訴外井上は、前記の夜間用停止表示器材の設置等をしていないが、それをそなかつたのは同人の責任であり、訴外朱美はそのことを知る由もなかつたのである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生、その態様及び被告らの責任

1  請求原因1(一)ないし(三)、(五)の各事実、同(四)の事実のうち、井上車が第一事故を起こし、本件事故現場に停止したこと、同方向を走行してきた加害車が井上車に追突したこと、抗弁事実のうち、訴外井上が第一事故前飲酒していたこと及び訴外朱美がそのことを知りながら井上車に同乗したこと、第一事故後、訴外朱美が直ちに車外に退避しなかつたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第六ないし第二一号証、乙第一号証の一ないし一四、第二、第三号証、第四、第五号証の各一、二、第六ないし第九号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場付近の状況等

(1) 本件事故現場付近の名神高速道路は、平坦なアスフアルト舗装道路であり、植込み(地上高約一・六メートル)及びガードレールによる中央分離帯で上り線及び下り線に分けられている。上り線の幅員は約一〇・七メートルで、路端にはガードレールが設けられ、外側から、路側帯(幅員約二・四メートル)、走行車線(幅員約三・七メートル)、追越車線(前同)、路側帯(幅員〇・九メートル)の順に区分されている。

(2) 本件事故現場付近の道路は、直線となつており、視界を妨げるものはなく、見通しは良好であるが、付近には、水銀灯等の照明設備はなく、また、下り線側からの光も中央分離帯の植込みに遮られて、夜間は相当暗い状態となる。

(3) 本件事故当時の天候は晴れで、路面は乾燥していた。

第一事故及び本件事故当時の交通量は少なかつた。

(二)  第一事故発生とそれに至るまでの経過

(1) 訴外朱美は、昭和四一年一一月一一日生まれの本件事故当時満一九歳の女子で、昼間に専門学校に通う傍ら、夜間は、尼崎市東園田町所在のスナツク「かかし」でアルバイトをしていた。

なお、同女は運転免許を有していなかつた。

訴外井上は、本件事故当時満三二歳の男性で、それまで酒気帯び運転で二回検挙されたことがある。

(2) 訴外井上は、昭和六一年三月三日午後八時ころ、尼崎市東園田町所在のスナツク「花の木」へ一人で行き、そこでビール中瓶一本、湯で割つたウイスキーをグラス三、四杯飲んだ。その後、同日午後一〇時ころ、同店の近くにある前記「かかし」に赴き、そこでビール中瓶一本と湯で割つたウイスキーをグラス二杯くらいを飲酒したが、同人は同店の常連客であり、一緒に食事にも行つたことのある訴外朱美も話相手になり、勧められるままに炭酸で割つたウイスキーを少し口にした。

同日午後一一時五五分頃、訴外井上が「京都にドライブに行こう。」と誘つたが、同店の経営者が「酒を飲んでいるからやめなさい。」と注意し、訴外朱美も遅いからと言つて断つたため、近くの店に食事に行くことになつた。そして、二人で同店を出て、路上に駐車してあつた井上車(ニツサンローレル。車体は白色)に乗つてから、訴外井上が再度誘つたところ、同女が黙つていたので、訴外井上は同女が承諾したと思い、豊中インターチエンジから名神高速道路上り線に入り、京都に向かつた。

(3) 訴外井上と訴外朱美は、京都市内を約一時間ほどドライブした後、翌三月四日午前二時過ぎ頃、帰ろうとして国道一七一号線を大阪方面に向かつた。同日午前三時頃、茨木インターチエンジにさしかかつた際、訴外井上は、そこから名神高速道路に入つて尼崎へ戻ろうとしたが、下り線に入るべきところを、誤つて上り線に入り、再び京都方面に向かつてしまつた。

そして、同人は、時速約九〇キロメートルの速度で上り線の追越車線を走行して本件事故現場近くまでさしかかつたが、仕事の疲れと飲酒の影響により眠気を覚えてうとうとした状態となり、しばらく蛇行運転を繰り返した後、同日午前三時一六分頃、居眠りをして、井上車を左に暴走させて走行車線を越えて左側ガードレールに衝突させた。同車は、右衝突後、半回転して今度は右側後部が同ガードレールに衝突し、さらに暴走して中央分離帯のガードレールに正面衝突し、車首を中央分離帯に向け、右側後部をやや走行車線にはみ出し、追越車線をほぼ塞ぐ状態となつて停止した。

なお、第一事故発生当時、訴外井上及び訴外朱美はシートベルトをしていなかつた。

(4) 訴外井上は、前記「かかし」を出るとき、自分はさほど酔つていないと思つていたが、同店経営者は、訴外井上は、目が眠そうで、酔つているように見えたと述べている。そして、訴外井上は、本件事故直後に行われたアルコール量の検査において、呼気一リツトル中に約〇・四ミリグラムのアルコールを保有していると判定された。

(三)  第一事故発生から本件事故発生に至るまでの経過

(1) 訴外朱美は、第一事故により、身体を車内で打つて左側頭頂裂創、右胸部打撲等の負傷をしたが、意識は失わず、本件事故直後、井上車から降りて、第一事故に気付いて走行車線上に停止した訴外金運転の大型貨物自動車まで歩いて行き、助けを求めた。訴外金は、同女の額付近から血が出ているのを認めたため、自分のタナルを同女に渡して、「今すぐ救急車を呼んであげるから、車のほうで待つていなさい。」と言つたところ、同女はしつかりした足どりで再び井上車に戻つていつた。

訴外金は、すぐに上り線を先に進み、同日午前三時二一分頃、非常電話で第一事故の発生を通報した。

(2) 一方、訴外井上は、井上車から走行車線上に投げ出されたが、間もなく起き上がつて井上車運転席に乗り込み、エンジンをかけようとしたが、エンジンはかからなかつた。そして、助手席に座つていた同女に「大丈夫か。」と尋ねたところ、同女が「痛い。痛い。」と訴えたため、訴外井上は、同女がかなりの怪我をしており、また、車外に出るよりも車内に残つているほうが安全であると考え、同女に対し、「そのまま車に乗つておれ。」と指示した上、非常電話で事故の発生を通報するため、同車から降りて、走行車線を横断して外側路側帯を大阪方面に向かつて歩いていつた。

その際、同人は、停止表示板(三角板)等の停止表示器材を設置するなど、後続者に事故の発生を知らせる措置を何ら講ぜず(井上車には発煙筒はあつたが、停止表示板等は積んでいなかつた。)、また、同車の前照灯、スモールランプ等も点灯していなかつた。

(四)  本件事故の発生

(1) 被告平は、加害車(車両重量一〇・八九トン)に一人で乗車し、名神高速道路上り線を走行して、冷凍牛肉約九トンを鹿児島から名古屋方面に運ぶ途中であり、追越車線を、時速約一〇〇キロメートルの速度で、大型保冷車(以下、「先行車」という。)との車間距離を約四〇メートルとつて追従していた(その結果、進路前方の視界は相当遮られていた。)。そして、同被告は、本件事故現場から約九二・七メートル手前の地点で、先行車が方向指示器も点灯させずに、急に走行車線に進路変更したのを認めたが、走行車線が気になつて脇見をして、そのままの速度で進行したため、本件事故現場から約二二メートル手前の地点で、井上車が追越車線上に横向きに停止していることを発見して直ちに急制動の措置を講ずるとともに、ハンドルを左に切つたが及ばず、同日午前三時二八分頃(第一事故発生から約一二分後)、加害車前部を井上車側面に激突させ、同車を下部に巻き込んだまま約一八〇メートル走行して停止した。

なお、本件事故当時、加害車は前照灯を下向きにした状態で走行していた。

(2) 同女は、右衝撃により、車外に放り出され、さらに加害車に引きずられて、頭蓋骨骨折、脳くも膜下出血、脳室内出血、左右肋骨骨折、骨盤骨折、右心房、両肺、肝臓、右腎角裂傷等の傷害を負い、脳くも膜下出血、脳室内出血により、同日午前三時三〇分頃、同所において死亡した。

(3) 本件事故後の昭和六一年三月九日夜、本件事故現場に白色の普通乗用自動車(以下、「A車」という。)を井上車と同じ位置、向きに停止させた上、被告平を加害車と同型式の車両(以下、「B車」という。)に乗車させて、A車の発見が可能な地点までの距離を測定した結果は次のとおりであつた。

ア B車の前照灯の路面照射距離は、下向きにした状態のとき、約二九メートルであり、上向きにしたときは約二〇〇メートルであつた。

イ 本件事故現場から約九二・七メートル手前の地点(先行車が進路変更したのを認めた地点)では、B車の前照灯を上向きにしたときはA車を発見できるが、下向きにしたときは、かすかに見える程度であつた。

しかし、停止表示板(三角板)をA車後方約一・九メートルの地点に設置して実験を行つたところ、B車の前照灯が下向きのときでも、停止表示板はよく見えた。

ウ B車の前照灯を下向きにして、本件事故現場に近づいたところ、約八三・二メートル手前の地点まで行つて、A車が判別できた。

エ B車の前照灯を下向きにして、かつ、先行車が前照灯を下向きにしてBの約三八・三メートル前方の走行車線上にいたと想定した場合は、先行車の前照燈による照射も加わり、約九二・七メートル手前の地点からA車を発見することが可能であつた。

2  被告平の責任

右認定事実によれば、被告平は、夜間、追越車線を十分な車間距離をとらずに大型保冷車に追従するという、進路前方の見通しの悪い状態のまま、高速で走行した過失がある上、さらに、先行車が進路を急に変更したのであるから、進路前方に障害物等があるのではないかと十分注意すべきであつたところ、脇見をして進路前方の注視を怠り、井上車の発見が遅れたという過失があると認められ、被告平が、民法七〇九条に基づく責任を負うことは明らかである。

本件では、居眠り運転により第一事故を起こし、夜間、暗闇ともいえる状態の中、追越車線を完全に塞ぐ状態で井上車を停止させながら、道路交通法の定める停止表示器材を見やすい位置に置くなどして後続車に対する安全対策を講じなかつた訴外井上の過失も大きいが、被告平に前記過失がなければ本件事故の発生は防げたものであり(前認定のとおり、先行車は井上車を発見して衝突を回避している。)、訴外井上に右過失があることをもつて、被告平の過失の存在を否定することはできないというべきである。

3  被告会社の責任

請求原因2の事実中、被告会社が本件事故当時加害車を所有し、これを自己の運行の用に供してしたことは当事者間に争いがなく、これによれば、被告会社は、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  訴外朱美の損害と相続による損害賠償請求権の承継

(一)  逸失利益 二六七五万八五六九円

話外朱美は、昭和四一年一一月一一日生まれで、本件事故当時満一九歳の女子であつたことは前認定のとおりであるところ、前掲乙第二号証及び原告光義本人尋問の結果によれば、同女は、健康で、高校卒業後、大阪市内にある二年制の大阪医療技術学園専門学校に進み、本件事故当時、そこの一回生であり、昭和六二年三月には同校を卒業して、地元の病院で医療事務の仕事に就く希望を有していたことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によれば、訴外朱美は、本件事故にあわなければ、満二〇歳から満六七歳までの四七年間就労し、その間、平均して、昭和六二年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・高専ないし短大卒の二〇歳から二四歳の女子労働者の平均収入程度を得ることができたと推認される。したがつて、右平均収入を算定の基礎とし、生活費として五割を控除したうえ、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり二六七五万八五六九円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。

(算式)

(152,500×12+415,600)×(1-0.5)×23.832=26,758,569

なお、原告らは、訴外朱美は、同校を卒業すれば、医療秘書の全国平均収入程度の収入は得られたものであると主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証中には、全国の医療秘書の平均収入について、原告ら主張事実に副う記載部分が、また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証中には、昭和六一年度の同校卒業生の初任給は、諸手当て及び賞与込みで約一六〇万九〇〇〇円から約二五三万八〇〇〇円であり、平均が二一七万九〇〇〇円であつた旨の記載部分がある。しかしながら、右の金額については、単に同校事務局長がこれを証明するといつた程度のもので、右の金額がその調査に基づくものであるにしても、調査の対象となつた人数、給与等の内訳、調査期間等は不明である上、元となつた資料等、これを裏付けるに足りる資料も存在しないのであつて、その信用性については疑問を呈さざるを得ず、前記各証拠をもつてしては、訴外朱美が原告ら主張どおりの収入をあげえたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠は存在しない。

(二)  相続による権利の承継

前掲乙第二号証及び原告光義本人尋問の結果によれば、原告光義及び原告八千代は訴外朱美の父及び母であることが認められ、したがつて、原告らは、相続により、前記(一)の損害賠償請求権を法定相続分に応じそれぞれ一三三七万九二八四円ずつ取得したものと認められる。

2  原告らの固有の損害

(一)  死体検案書代金 四万円

弁論の全趣旨によつて原本の存在及び真正に成立したことが認められる甲第五号証の一、弁論の全趣旨によつて原本の存在が認められ、その方式及び趣旨により工務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき同号証の二によれば、訴外朱美の死体検案書を作成してもらう費用として、右金額を原告光義が負担したことが認められ、これを本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二)  葬儀費用等 八〇万円

原告光義本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし六、八ないし九、一一、同本人尋問の結果を総合すれば、訴外朱美の葬儀、四九日供養等のために合計一〇〇万円を超える費用を要し、これを原告光義が負担したことが認められるが、そのうちの八〇万円をもつて相当因果関係にある損害と認める。

(三)  慰謝料 各八〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、訴外朱美の年齢、その家族構成その他本件に現れた諸般の事情を併せ考えると、原告らの慰謝料額はそれぞれ八〇〇万円とするのが相当である。

(以上1及び2の合計 原告光義 二二二一万九二八四円

原告八千代 二一三七万九二八四円)

3  過失相殺

前記認定の事実によれば、訴外朱美は、自らすすんでドライブに連れていつてもらつたものでないにしても、訴外井上が相当程度飲酒しており、酒気帯び運転になることを知りながら、かつ、アルバイト先の経営者からやめるように注意されたにもかかわらず、訴外井上に誘われるまま井上車に同乗してドライブに出かけ、しかも長時間行動をともにしていたものであり、訴外朱美には、同乗を見合わせて事故の発生を避けるべき注意義務があつたものというべきである。

そして、通常人であれば、夜間、暗い場所で、高速道路の追越車線に停止した車両に留まれば、後続の車両に衝突されるかもしれないと予想できないこともなかつたと考えられるところ、訴外朱美は、第一事故発生後、井上車から離れて左側路側帯あるいは中央分離帯に避難することが可能であつたにもかかわらず(同女は、第一事故によつて負傷したものの、歩行は可能であつたのであり、また、本件事故当時、交通量は少なく、車外に避難することにさしたる支障があつたものとは認められない。)、同車に留まつて死亡するに至つたものであり、この点も、損害賠償額を定めるに当たつて斟酌せざるを得ないと考えられる。ただ、同女は運転免許を有しない未成年者であり、しかも、訴外井上ばかりか、助けを求めに行つた訴外金からも井上車に留まるよう指示されたこと、突然の事故により、出血を伴う負傷をして精神的に動揺していたであろうことも想像に難くないことといつた事情もあり、前記被告平の過失の程度と比較すると、訴外朱美が井上車から直ちに避難しなかつたことをもつて、同女に重大な落ち度があつたものとすることはできないというべきである。

そこで、以上の諸事情のほか、前認定の第一事故及び本件事故に至る経過、その態様等の諸般の事情を斟酌すると、本件においては、前認定の原告らの損害額から過失相殺としてそれぞれ二五パーセントを減ずるのが相当であり、それによると、原告光義の損害額は一六六六万四四六三円、原告八千代の損害額は一六〇三万四四六三円となる。

4  損害の填補

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

そうすると、原告らの前記控除後の損害額から右填補分を差し引くと、後記弁護士費用を除いた残損害額は、原告光義について三七七万一三一三円、原告八千代について三一四万一三一三円となる。

5  弁護士費用

原告らが被告らから任意の弁済を受けられないため、原告ら訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、または支払の約束をしていることは、本件記録と弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告らに対して本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、それぞれ三五万円とするのが相当である。

四  結論

以上のとおりであるから、原告光義の本訴請求は、被告らに対し各自四一二万一三一三円、原告八千代の本訴請求は、被告らに対し各自三四九万一三一三円及び不法行為の日の後である昭和六二年一一月二七日から支払済みまでそれぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 二本松利忠)

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